「ボッチプレイヤーの冒険 〜最強みたいだけど、意味無いよなぁ〜」

外伝その1

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<図書館の伯爵さん>



 バハルス帝国の西に広がる草原。そこにはギルド"誓いの金槌"の本拠地であり、異世界の城でもある、イングウェンザー城が悠然とした姿でたたずんでいる。

 その城の地下5階層には図書室と言う名前が付いているものの、その名前からは想像できない程巨大な施設がある。そしてこの日、その図書館と名付けられている場所の入り口カウンター前にはある一人の少女の姿があった。

 「首なしさ〜ん、首なし伯爵さぁ〜ん。いませんかぁ〜!」

 静まり返る図書館の入り口で奥に向かって大きな声でそう叫んでいるのは、その幼さの残る可愛らしい外見からは想像できないが地上階層統括&コンセプトパーティーホール責任者権店長と言うギルド”誓いの金槌”で一番長い、そしてNPCの中では3人しかいない統括と言う重要なポストの肩書きを持った少女、セルニア・シーズン・ミラーその人だ。

 その彼女がなぜこのような事をしているのかと言うと、この図書館の管理を任されているある人物に用事があったので訪れたのだけど近くに姿が見えない。しかし目的の人物の職務から考えて多分近くにいるであろうと考え、彼を呼び出すためにこのようなところで一人叫んでいるのである。

 けれど、いくら叫べども目的の人物が姿を現すような気配はまるで無かった。

 「あれぇ? いつもなら入り口横のカウンターか、その近くにいるはずなのに」

 もしかしたら近くには居ないのかも知れない。そう思いながらも、彼女はここであきらめる訳には行かなかった。この人を捕まえない事にはこの広い図書館で目的の物を見つけ出す事などほぼ不可能なのだから。

 「首なしさぁ〜ん、本当に居ないんですかぁ〜」

 なにせこの図書館は主人公がリアルマネーに物を言わせて買い集めた漫画やラノベ、本職の資料やちょっとでも興味を持った事柄の専門書を含めかなりの多くの蔵書が並んでおり、その他にも著作権の切れた本や、これまた主人公が趣味で集めたアニメや特撮、映画などの各種映像コンテンツ、そしてゲーム内で手に入れた本の形をしたアイテムなど、それこそ数え切れないほどの物が詰め込まれている場所なのだから。

 すでに知識の魔境と化してしまっているこの図書館。ゲーム時代なら手にしたい物を指定すればすぐに手元に届いたが、現実になった今ではこの場所を管理する者に頼まなければ例えこの地の主人である主人公であったとしても、目的の物を手にするのにはきっと数ヶ月の月日を要す事になってしまうだろう。

 「どうしよう、あいしゃ様に頼まれた御用事もあるのに」

 目的の人物が、いくら叫べども一向に現れる気配の無い状況に途方にくれてしまうセルニア。しかし、あきらめて帰ると言う選択肢は彼女にはなかった。それはそうだろう。今日ここを訪れた用件の中には至高の御方の一人である、あいしゃから頼まれた用事も含まれているのだから。それを少々の障害があったからと言ってあきらめて投げ出してしまう事など、この城に住むものならば誰であったとしても出来るはずのない事なのだ。

 「首なしさぁ〜ん、出てきてくださぁ〜い! 首なしさぁ〜ん!」

 セルニアはこのまま入り口でいくら叫んでいても埒が明かないと考えて少しだけ奥に入って行き、本棚によって十字路のようになっている所まで進んでから再度大声で叫んでみる。すると、

 パカラッ、パカラッ、パカラッ。

 遠くの方からなにやら蹄のような音が響いてきた。慌ててそちらの方を見てみると、なにやら黒い首のない馬のようなモンスターがこちらに向かって駆けてきているのがセルニアの目に映った。

 そう、あれこそがセルニアが捜し求める首なしさんの愛馬、コシュタであると気が付いた彼女はほっと一安心。そしてその馬に向かって満面の笑みを浮かべ、ピョンピョンと飛び跳ねながら大きく両手を振って声を張り上げた。

 「よかったぁ! おーい、首なし伯爵さぁ〜ん、こっちこっち」

 その声としぐさに呼び寄せられたかのように、黒い首のない馬はセルニアのところまで駆けて行き、その目の前で急停止する。そしてその馬上には、自らの頭を小脇に抱えた青い貴族服のような衣装に身を包んだ男が乗っていた。

 その男は馬からふわりと音も無く下りると、小脇に抱えていた頭を本来の場所である首の上に乗せて真っ赤な蝶ネクタイ型のチョーカーで固定してから、襟を整えつつセルニアの前まで悠然と歩いていく。

 「こんにちわ、首なし伯爵さん」
 「ごきげんよう、セルニア様。しかし、何度言えば解って貰えるのでしょうか。我輩の名は首なし伯爵ではございませんぞ。アルフィン様に付けて頂いたニクラス・ウド・ライナー・ブロッケン伯爵と言う立派な名前があるのです。呼ぶのでしたらブロッケン伯爵か本来の愛称であるニック伯爵と呼んで頂きたいですぞ」

 ニパッと言う音がしそうな笑顔で挨拶をするセルニアに対して丁寧に腰を折り、礼儀正しく挨拶をするこの男。

 そう、この男の名前は首なし伯爵などではない。この図書館の館長であり領域守護者であるこの男の名はニクラス・ウド・ライナー・ブロッケン伯爵。因みに名前の最後についている伯爵は位ではなく、アルフィンによって創造された時に付けられたフルネームの一部である。

 茶色い炎のように逆立ったような癖っ毛とカイゼルヒゲ、男らしく太い吊り上った眉毛とドイツ系のようなキツメの顔に、常につけているモノクルが特徴的な男で、あだ名から想像できる通り種族はデュラハン(首なし騎士)である。

 このように立派な名前を持つこの男が、なぜセルニアから名前ではなく首なし伯爵さんなんて呼ばれ方をしているかというと、

 「だってアルフィン様からも他の至高の方々からも首なしさんとか首なし伯爵さんとか呼ばれてるじゃないですか。今日もあいしゃ様から『首なしさんにノラざえもんの10巻から20巻まで借りてきて』って頼まれて来たし」
 「うう、確かにそうなのですが・・・」

 実はこの男、立派な名前を付けてもらったにもかかわらず、付けた本人がその名前をよく覚えていなかった為にこのような目にあっているのだ。

 と言うのもこの名前、100年以上前に流行ったと言う映画のキャラクターにデュラハンがいたと言う話を聞いた主人公が、ちょうどその時に作っていた図書館の管理人NPCに「これでいいか」とそのキャラ名を捩って名前をつけた為によく覚えておらず、現実世界になってはじめてアルフィンがこの図書館を訪れた時に、

 「このキャラの名前ってなんだっけ? たしか何とか伯爵だったわよね・・・。う〜ん、まっ、首なし伯爵でいいか」

 なんて思ってつい、首なし伯爵と呼んでしまったのが不幸の始まり。つい軽い気持ちでとは言え、至高の御方の仰った言葉である。当然のごとく、それが正式な呼び名としてこの城のNPCたちに定着してしまったのだった。

 「と言う訳なので”首なし伯爵さん”か”首なしさん”と呼ぶのが至高の方々の御意思だから、首なし伯爵さんの呼び方は首なし伯爵さんなのです」
 「ううっ、今度アルフィン様が御出でになられたら、絶対に直談判して本来の名前に戻していただかなくてはなりませんぞ」

 そう決意する首なし伯爵を前に、セルニアは、

 「無理だろうなぁ。アルフィン様はともかく、まるん様とあいしゃ様はこの愛称を御気に入りになられている御様子だし」

 などと考えていた。アルフィン様やシャイナ様ならばきっと要望を御聞き入れになられて呼び方を変更してくださる事だろうけど、この御二方が名前を改めるとは到底思えない。そして、この御二方が変えないのであれば、すでに定着してしまったこの名前をこの城の者たちが改めるとは彼女には到底思えなかった。

 「ところでセルニア様、御用と言うのはあいしゃ様のノラざえもんだけで宜しかったでしょうか?」
 「あっそうだった。それはさっきここに来ると話したら、あいしゃ様がついでに持ってきてほしいと申し付けられた御用事で、本題は別。アルフィン様が今度ボウドアの村で農業の指導をすると御決めになられたの。その指導は地下4階層の子や今囚人たちの管理をしているミシェルちゃんたちがやるらしいんだけど、解りやすく説明するために予め計画案を作るから図書館からその関係の資料を持ってきてほしいとミシェルちゃんに頼まれたの。彼女が直接来てもよかったんだけど、この土地の領主とか言う人の館へ行って囚人の監視とか収容所のお掃除とかのお仕事が溜まって色々忙しかったみたいだから、私が来たの」

 なるほどと頷く首なし伯爵。セルニアは何か頼む時に関係の無い事情まですべて話す為にいつも延々と時間が掛かってしまうのだけど、その度に彼はそれを根気よく聞き、どのような本や映像資料を用意すればいいかと頭の中で判断していくのが常だった。

 「それとねぇ、宝物庫のケイコちゃんがまた色々持ってきてほしいって。彼女、お役目で来られないからよろしくねって。よく解らないけど、『選択は首なしさんに任せるけど、カゴメ様所蔵の区画にある本や映像コンテンツは絶対に入れてね』って言ってた。これで解るんだよね?」
 「はい。いつも御所望のカゴメ様の蔵書ですね。心得ておりますぞ。」

 セルニアはよく解らないが、至高の方々のとは別に御方々の御友人であるカゴメ様という方の蔵書がある区画がこの図書館にはあるという。そこに収められている物をセルニアは見たことは無いのだけれど、ケイコちゃんはその区画の蔵書や映像コンテンツがいたく気に入ったらしくてアルフィン様に御願いして特別に閲覧許可を貰ったらしい。ケイコちゃんがそこまでして見たがった物だから自分も気にはなっているのだけど、アルフィン様から、

 「セルニアは見ちゃダメよ」

 と言われてしまったので残念ながら見る事はできなかった。

 「ご用命は以上ですかな? ならば取り寄せさせますが」
 「あっちょっと待って。あと私も取り寄せてほしい物があるの。えっとねぇ、『スライムに転生したけど最強だった件』を全巻。文字ばっかりのは読みにくいから絵で描かれた方ね。あと、何か魔法関係の絵で描かれた本もお勧めがあったら貸してほしいなぁ」

 セルニアは前にアルフィン様から御自身が好んで読まれている本の絵だけで描かれた物があると聞いたのでそれと、首なし伯爵が選ぶお勧めの物を貸し出してほしいと注文した。

 首なし伯爵の元にはこのような曖昧な注文が来る事も少なくない。これはこの男がこの図書館の全ての蔵書を知り、またこの城の者たちの嗜好をよく知っているからこそ、全てを任せたほうがより楽しめる本を教えてもらえる事を皆理解しているからだ。
 
 「畏まりましたぞ。それでは」

 チンッ!

 首なし伯爵はそう言うと自分の事務机に近づき、その上に乗せられたベルを鳴らす。するとどこからともなくワイトたちが集まってきた。実は先程鳴らしたベルはマジックアイテムで、これを鳴らすと図書館の中に居るのならば、たとえどのような場所に居たとしてもワイトたちに聞こえるようになっていた。そしてこのワイトたちはここで働くモンスターで首なし伯爵の要望を聞き、本棚をすり抜けながら迅速にそれを各区画で働くエルダーリッチたちに伝えて目的の物をここまで運ばせる役目を負っているのだった。

 しばらくするとワゴンに幾つもの本を乗せたエルダーリッチが図書館の入り口に到着する。そしてそのワゴンの上に指定した全ての本が乗っている事を確認した後、首なし伯爵は貸し出し手続きを済ませ、セルニアに受け渡した。

 「ありがとう、首なし伯爵さん。またね」
 「はい、またのご利用をお待ちしておりますぞ」

 セルニアは満面の笑みを浮かべながら渡された大量の本をアイテムボックスに入れ、お礼を言うと軽い足取りで帰って行った。



 このようにして図書館の日々の業務は滞りなく進んでいく。たまに訪れる至高の方々やNPCたちの要望にいつでも答えられるよう、今日も静かな館内には蹄の音が響くのだった。


あとがきのような、言い訳のようなもの



 初めての外伝ですが、いかがだったでしょうか? 
 外伝と言う事で続きが無く、字数が足らない時は後に書く予定の話を前倒しで書いて伸ばすと言う方法が取れないのでいつもより少し短めになっています。

 さて、なんかタイミングよくハリーポッターがTVで放映されていますが、このキャラはそのせいで生まれた訳ではありません。実は連載当初からあった設定です。外見は読んでもらえれば解ると思いますが、ハリーポッターのニック卿ではなくマジンガーZのブロッケン伯爵に近いです。ただ服装は軍服ではなく貴族服ですけどね。

 因みにデュラハンは本来黒い首なし馬に引かれたコシュタ・バワーと言う名の馬車で登場するのですが、図書館と言う事で馬車ではなく黒い首なし馬のみの登場になっています。

 最後に、途中でケイコと言うキャラやカゴメと言う人物の名前が出てきますが、これは次回の外伝で語られる予定です。外伝は一応次の外伝に繋がるように書いていくつもりですから、これからもその回では説明されない話や名前が出てくる事もあるので、そのようにご理解ください。


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